侍ジャパンの監督として2023WBCで世界一奪回を果たした栗山英樹。
ファイターズとあわせて12年の監督生活で知り得たことを「後世に伝える」――そんな思いを持って848ページにわたる書籍『監督の財産』を9月9日刊行する。
監督と選手、監督と人事といった「経験してわかったこと」や大谷翔平、近藤健介、中田翔らスター選手から得た学び、秘話など、監督生活の集大成ともいえる本書よりその一部を紹介する。
なぜ栗の樹ファームを作ったのか
(『監督の財産』収録「3 伝える。」より。執筆は2013年1月)
“If you build it, he will come.”
「それを作れば、彼は来る」
映画『フィールド・オブ・ドリームス』で、ケビン・コスナー演じる主人公のレイ・キンセラが、ある日、とうもろこし畑で耳にした〝声〟である。
僕は映画館でその〝声〟を聞いて、それを作ってみた。そしたらやっぱり、信じられないようなことが次々と起こった。本当にファンタジー映画かと思うくらいに。
映画公開からはもう随分経っていたが、そのロケ地を訪れたことがある。シカゴから西に、車で約3時間。アイオワ州のダイアーズビルという小さな町だった。そのときの経験が、栗の樹ファームを作る、最後の後押しになった。
外野をとうもろこし畑に囲まれた球場は、世界中からこの地を訪れる人々の寄付によって、きれいな状態で保存されていた。
しばらく感慨にふけっていたら、たまたまそこにいたアメリカの子どもや、日本の子どもや、台湾の子どもが、みんな一緒に野球をやり始めた。
環境さえあれば、こんなにすごいことが起こっちゃうんだ、と感心した。なにも言われなくても、言葉も通じないのに、自然と友達になってしまうんだもの。
そういう光景を見たものだから、以来、夢を単なる夢とは思わなくなった。絶対に作らなきゃ、というわけのわからない使命感に燃えて、それで北海道に作り始めた。
子どもたちが夢を持って、自然と向き合えて、いろんなことを感じられて、ひっくり返ったり転んだりができる場所、それが発想の原点だった。
だから天然芝じゃなきゃダメだったし、外野のフェンス代わりに、映画にならってとうもろこしを植えた。
子どもが突っ込んでもケガをしないように。とうもろこしならバサッと倒れるから。その後、連作はダメだとか言われて、ひまわりに変えてみたりするんだけど。
そんな僕に付き合ってくれた、栗山町の人たちには本当に感謝している。
運命的な出会いだったのかもしれない。偶然、同じ名前だから、という理由で引き合わせてもらって、実際に訪れてみたら、Jリーグのコンサドーレ札幌の練習場を1年で作ってしまうくらい、町民にパワーがある町だった。僕の夢を話したら、あ、ここだったらできるかもしれないって。
『フィールド・オブ・ドリームス』は、球場に向かう車の、途切れることのない長い列を俯瞰で捉えた、印象的なラストシーンで幕を下ろしている。
栗の樹ファームもリーグ優勝間近の頃は、そういう光景が見られたという。何台もの車が連なって、そこを目指してくる。あれは、まさしく映画の世界そのものだったと。
あの球場を作っていなければ、自分はきっと監督になっていない。
“If you build it, he will come.”
監督業の原点「栗の樹ファーム」の自然
この冬は、例年より早く雪が降ってしまったため、樹木を積雪や冷気から保護するための「冬囲い」が間に合わなかった。
木は守ってあげないと、ネズミが木の幹を噛んで、水があがらなくなって枯れてしまう。このままではいけないと思って、急いで冬囲いの準備をした。
自然というのは、手を加えてやったら、加えた分だけ返してくれる。すぐには返してくれないけど、いつか必ず返してくれる。
3年前に蒔いた種が出てきたりだとか、2年前に肥料をあげた芝がとてもよくなっていたりだとか。でも、やっぱり時間はかかる。
実はこれが、自分の監督業の原点になっている。選手を信じて、本当に尽くしていけば、いつか必ず反応してくれるはずだという信念は、栗の樹ファームで接してきた自然に教えられたことだった。
栗山町に来て十数年、草木に向き合ってきたことが、間違いなく、いまの自分を作ってくれている。もし優勝の一因が自分にもあるとすれば、それは自然が教えてくれたことなのだ。土と一緒になったことが、僕を変えてくれた。
だからいま、一番気を付けているのは「慣れ」。本来、自然というのは慣れるものではなく、毎日どんどん変わっていくものだ。人間は、それに対応していかなければいけない。
選手に対してもそう、変に慣れないほうがいい。そのためにも、2年目は、1年目以上に緊張感を持って、初々しく取り組まなければいけないのだが、それは意外と簡単なことではない。
なぜなら、人は去年と今年を比べることができるから。だったら、どうするか。もっと必死に選手に向き合う。それしかしかないと思っている。