結果がすべての評価を決める。監督とはそういう職業である。
だから多くの場合、結果が出るまでの過程にあった監督たちの「悩み」「学び」「決断」そして「思考」は勝者のもの――つまり評価されたそれだけが、世の中に知れ渡る。
しかし、長く監督をしていれば「それだけでは足りない」ことに気づく。実際に勝利を掴むためには勝者だけではない、多くの監督や指導者、経験者たちの「悩み」「学び」「決断」そして「思考」に触れる必要があるのだ。
前侍ジャパンの監督・栗山英樹は12年の監督生活の中でたくさんの失敗をし、監督としての在り方と向き合ってきた。そして、そんな経験こそが、先に監督、指導者、リーダーとなる誰かのヒントになるかもしれない、と筆をとり続けてきた。
本稿はその集大成である話題の新刊『監督の財産』より紹介する監督の指針である。
何かひとつを決めるというのは、何かひとつを捨てる作業
(『監督の財産』収録「5 最高のチームの作り方」より。執筆は2015年10月)
2013年、監督2年目を迎える頃、こう書いた(『伝える。』)。
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『1年目の去年と2年目の今年、キャンプの感じ方がどこか違ったかといわれれば、なによりも自分自身のゆとりがまるで違っていた。
具体的な例を挙げれば、わかりやすく体調が良かった。(中略)捨てられるものが増えた、という感覚はわかってもらえるだろうか。キャンプ前半は、去年ならいちいち気になっていた細かなことが、ほとんど気にならなかった。
雑になったのとは違い、いまはまだそこを指摘すべき時期ではないということで、わかり始めてきたのだ。
去年はあれもやらねば、これもやらねばと、毎日課題をたくさん抱えてグラウンドに出ていたが、今年はその大部分を宿舎の部屋に置いて出られるようになった。捨てられるものが増えた、というのはそういう感覚だ。
そういった意味では、今年は他球団のキャンプが気にならなくなった、というのも捨てられたもののひとつかもしれない。』
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「捨てられるもの」というキーワードについてである。
これについては、さまざまな「捨てられるもの」が、年々増えてきているような気がする。
キャッチャーのことを例にあげてみよう。
正直、以前の僕はキャッチャーのことがよくわかっていなかった。
わからなくて不安だから、野村克也さんや古田敦也さんの本を読んだり、話を聞いたりして、一所懸命勉強した。詰め込むだけ詰め込んで、頭でっかちになっている状態だ。
その頃は、経験がないのだからそうやって学ぶしかない、教わるしかないと思い込んでいた。
ところが不思議なもので、監督という仕事をやっていると、だんだん自分の中に「キャッチャーはこうあるべき」というものができてくる。
実際、自分でキャッチャーをやるわけではないのだが、そのキャッチャーに指示を出さなきゃならないと思ったら、本当に自分がなったくらいのつもりで、毎試合、必死にキャッチャーのことを考えるようになる。
それを続けているうち、頭でっかちになっていたものが少しずつクリアになっていき、本当に大事なものだけが浮かび上がってくるのだ。
すると、そこでようやく「捨てられるもの」が出てくる。
勉強の成果で、大事なものは10個あると覚えていたが、そのうち本当に大事なものは3個なんだということがわかってくると、残りの7個は捨てられる。
要不要が自分の中で整理できて、より必要なものがはっきりとしてくる感覚だ。
こういう「捨てられるもの」は、経験を積んできたからこその賜物だろう。
また、もう一方で、捨てなければならないというものもある。
何かひとつを決めるというのは、何かひとつを捨てる作業だ。
ふたりいる選手のどちらを起用するか迷ったとき、勝つために最善と思われる選択をする。それは当然のことだ。
でも、本当にふたりとも使ってやりたかったとすれば、チームの勝利のために、一方の自分の考えを捨てたということになる。
ある意味、監督である僕が、自分の考えを捨てていかなければ、すなわち決断していかなければチームは前に進むことができない。
いつもひとつしか選択できないわけだから、捨てるものはその度にどんどん増えていく。
選手一人ひとりのためになんとかしてあげたいと思うし、みんなの人生を豊かにしてあげたいと思うが、そればかり考えていたら監督の仕事は務まらない。本当に監督の仕事とは、捨てる作業だと思う。
だから考えを捨てるときも、その選手のためになると信じてそうするようにしている。使うのも選手のためだし、使われなくて悔しい思いをするのも選手のため。選手のことだけを考えて決断すれば、それは必ずチームのためになる。今年はその信念みたいなものが、確信に変わった年でもあった。
「選手ためにはならないかもしれないけれど、チームのためにこうする」、その考え方は間違っている。
「選手のため」と「チームのため」はいつも一緒だ。
そこがブレることは絶対にない。だから捨てなければならないものを、信じて捨てることができるのだ。
(『監督の財産』収録「5 最高のチームの作り方」より。執筆は2016年10月)