吹奏楽部員たちが部活に燃える日々の中で、書き綴るノートやメモ、手紙、寄せ書き……それらの「言葉」をキーにした、吹奏楽コンクールに青春をかけたリアルストーリー。ひたむきな高校生の成長を追いかける。
第18回は八王子学園八王子高等学校(東京都)#1
東京都八王子市に位置する私立高校。1928年創立。略称は「八学(はちがく)」。吹奏楽部はこれまで日本テレビ「1億人の大質問!?笑ってコラえて!」など多数のメディアに取り上げられ、今年度は乃木坂46メンバーとも共演を果たした。全日本吹奏楽コンクールに通算7回出場。ミツバチの「はちおうじ君」という部の公式キャラクターがいる。モットーは「歌って、踊れて、演奏できる」バンド。
負け続けた3年間と歓喜の「夏」
「ついにここに来たんだ——」
八王子学園八王子高校吹奏楽部の部長でコントラバスを担当する3年生、「トビカワ」こと飛川希(とびかわのぞみ)は目の前に立つホールを見上げた。
宇都宮市民会館。全日本吹奏楽コンクール・高等学校の部の会場だ。
自分たちがここにいることが夢のようでもあったし、当たり前のような気もした。
通称「八学(はちがく)」と呼ばれている八王子高校は、東京都代表として2018年以来、6年ぶり7回目の全国大会出場だった。もちろん、トビカワたち3年生を含めて高校の部で全国大会を経験したものは誰もいない。コンクールだけではない。マーチングコンテストでも、アンサンブルコンテストでも、この3年間で一度も全国大会に出たことがなかった。
「負け続けた3年間だ。だから、僕たちは“勝ち”にこだわり続けてきた。そして、いまここにいる!」
トビカワはようやくたどり着いたコンクールの終着点を目の前にし、感慨深く思った。
副部長として自分を支えてくれた同期のふたりの女子、アルトサックス担当の「アカリ」こと黒澤あかりとファゴット担当の「イッちゃん」こと土方稜香(ひじかたいちか)は、少し硬い表情ながらやる気がみなぎっているのがわかった。1年のころからトビカワと全国を目指してきた盟友、トロンボーン担当の「タシロ」こと田代海人(かいと)も充実した顔つきをしていた。
「いままでと同じことをやって後悔するなら、挑戦して後悔したい!」
そう泣きながら訴えたタシロの姿が、いまもトビカワの胸に焼きついていた。
メディアで見たことのあるステージ衣装を身につけた高校生たちが会場周辺のあちこちにいた。自分たちがずっと憧れ、演奏を参考にしてきた強豪校だ。
「今日はこんなすごい学校たちと同じ舞台で戦えるんだな……」
八学は過去6回の全国大会出場で、一度も金賞を受賞したことがなかった。おまけに、今回出場する前半の部には、全国大会常連どころか金賞常連校も多く、一部では「死の組」とも呼ばれていた。そんな中で、久しぶりに全国大会に戻ってきた八学が金賞を獲得するのは至難の業だとトビカワはわかっていた。だが、今年、本気で金賞を狙っていた。
「きっと不可能じゃない。挑戦しよう!」
トビカワはメガネの奥の瞳を燃えたたせ、ブルッと体を震わせた。
僕たちは「勝ち」にこだわる!
トビカワは付属の八王子中学校ではサックスを吹いていた。高校からコントラバスに代わり、最初は上手な同期や先輩たちを横目に見ながら「みんなに追いつけるかな……」と不安を感じていた。だが、持ち前の音感やセンスでぐんぐん上達し、高1の吹奏楽コンクールで早くもA編成のメンバーに選ばれた。
学校数が多い東京は単一自治体でひとつの支部を構成し、高校の部では予選(東京都高等学校吹奏楽コンクール)と本選(東京都吹奏楽コンクール)で代表2校を選出している。 2022年、八学は3大会連続の都大会止まりとなった。代表に選ばれた東海大学菅生高校と東海大学付属高輪台高校は全国大会に出場し、いずれも金賞を獲得した。
それなのに、八学の部内には代表2校より自分たちの音楽のほうが素晴らしい、という雰囲気が漂っていた。
「でも、結果は負けてるのに……。僕はもっと“勝ち”にこだわりたいんだ」
音楽で「勝負する」こと、コンクールの結果を「勝ち負け」と考えることをよしとしない人たちがいることはトビカワにもわかっていた。自分だってその考えはわかる。音楽で客観的に勝ち負けをつけることはできないし、音楽の良し悪しの感じ方は人それぞれだ。
だが、トビカワは納得できなかった。結果的に八学は負けていた。そして、勝った2校は全国大会でも勝っていた。なのに、八学の音楽のほうが素晴らしいと言えるのだろうか?
「勝ちたい。勝つことによって、答えを見つけたい」
トビカワと同じ考えを持っていたのがタシロだった。トロンボーン奏者として卓越した才能を持つタシロもまた、1年にしてA編成のメンバーに選ばれていた。
意気投合したふたりは、ライバル校の演奏を繰り返し聴き、語り合った。
「菅生と高輪台は楽器がよく鳴ってるし、音圧がすごいよな。八学はそこが足りてないよ」
「カッコいいよなぁ。神のような存在だ」
「勝ちたいなぁ」
だが、その年はコンクールだけでなく、行進しながら演奏するマーチングコンテストでも都大会で高輪台に負け、3〜8人の少人数で演奏するアンサンブルコンテストでも菅生と高輪台に負けた。翌年のコンクール都大会本選もまたその2校が代表に選ばれ、八学の全国大会出場の夢は断たれた。菅生と高輪台はまたしても全国大会で金賞を受賞した。
ライバルとの差は限りなく大きく、その姿は限りなく遠くに感じられた。
高2のコンクールが終わった後、八学では幹部が代替わりとなり、トビカワは新部長、タシロは音楽面のリーダーである学生指揮者に選ばれた。
ふたりはずっと「勝つためにはどうしたらいいか」を考え、自分たちなりに試行錯誤を繰り返してきた。いよいよ今度は部内全体に変化をもたらすときが来た。それは大胆な改革であり、いままで八学が試みたことがない挑戦だった。
トビカワは時折その挑戦への情熱が弱まってしまうことがあった。そういうとき、必ずタシロが火をつけ、またふたりで「勝つこと」への思いを確かめ合った。
顧問であり、OBでもある髙梨晃先生とトビカワ、タシロで部活の方向性について話し合いをしたことがある。タシロが泣きながら訴えたのはそのときだった。
「勝つために、部活を変えさせてください! いままでと同じことをやって後悔するなら、挑戦して後悔したい!」
(タシロはこんなに強い思いを持っているんだな。よし、タシロやみんなと一緒に挑戦して、勝ち進んでいこう!)
トビカワの「勝ち」へのこだわりはタシロの存在によってより強くなったのだった。
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🔰シンクロナスの楽しみ方
全国の中学高校の吹奏楽部員、OBを中心に“泣ける"と圧倒的な支持を集めた『吹部ノート』。目指すは「吹奏楽の甲子園」。ノートに綴られた感動のドラマだけでなく、日頃の練習風景や、強豪校の指導方法、演奏技術向上つながるノウハウ、質問応答のコーナーまで。記事だけではなく、動画で、音声で、お届けします!
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