吹奏楽部員たちが部活に燃える日々の中で、書き綴るノートやメモ、手紙、寄せ書き……それらの「言葉」をキーにした、吹奏楽コンクールに青春をかけたリアルストーリー。ひたむきな高校生の成長を追いかける。
第12回は近畿大学附属高等学校(大阪府)#3
野球少年、強豪吹奏楽部に入る
吹奏楽のことなどまったく知らなかった。中学には吹奏楽部があったはずだが、記憶にも残っていない。
近畿大学附属高校吹奏楽部の3年生、「キョウタロウ」こと平田恭太郎は、3年前までグラウンドで白球を追いかけていた。
生まれ育った兵庫県西宮市には、高校野球の聖地である阪神甲子園球場がある。頭を丸刈りにし、中学校の野球部でセンターを守っていたキョウタロウもかつては甲子園でプレーすることを夢見ていたこともあった。
だが、進学先として大阪の近高を選ぶとき、すでに高校で野球を続けるつもりはなかった。近高に入ればそのまま近畿大学に進める、というのが大きな志望動機だった。通学には1時間半ほどかかるため、部活に入るつもりはなかった。
近高の吹奏楽部が関西の強豪バンドのひとつであるということ、ケイのように中学時代に全国大会で金賞を受賞しているツワモノが入ってくる部活であることなど、キョウタロウは知るよしもなかった。
たまたま高1のときのクラスメイトが吹奏楽部に入ることを決めていた。
「一緒に来てみない?」
そう誘われ、何気なく音楽室へくっついていったのがすべての始まりだった。
音楽室には先輩たちや自分と同じ新入生がたくさん集まっていた。あちこちから楽器の音が聞こえてくるが、キョウタロウには楽器の名前もわからず、初めて目にする楽器も少なくなかった。
「君は……クラリネットをやってみたらどうや?」
そう言ったのは小谷康夫先生だった。
キョウタロウは言われるままに黒くて一直線の楽器を手にしてみた。素振り用のバットに少しだけ似ていたが、持ち方はまったく違う。先輩にどのキーにどの指を置くか教えてもらい、マウスピースに息を吹き込んでみると、ポーッと素朴な音が響いた。
(これがクラリネットか……。なんか楽しいかも)...