約12年の監督生活で知り得た「経験知」を後世に遺したい――そんな思いが結集した栗山英樹の一冊は『監督の財産』と題されて9月9日に刊行される。
過去に出した5冊の書籍が収録される本書は、シーズン直後にその1年を振り返った時のダイレクトな思いと、それを振り返った現在の思いとの対比だ。特に、大谷翔平を獲得した当時の思いは生々しく、学びが多い。
今回は監督4年目を終えた時に振り返った秘話の一部を紹介する。
人は天に与えられた役目、使命を果たすだけ
(『監督の財産』収録「4 未徹在」より。執筆は2015年)
4年の経験を通して、監督の役割を果たすためには何をどう考えるべきなのか、その立場にある者はどう振る舞うべきなのか、ということの自分なりの答えを書いてきた。
少しは何かしら皆さんにも伝わるものはあっただろうか。
ここからは、ファイターズというチームの監督だからこそ僕に与えられた使命について、どう考えているのかを書いてみたい。
いつの世も時代に人が選ばれていく。そしていま時代に求められて登場したのが大谷翔平だ。では、出会った我々はいったい何をすべきなのか。
まず肝に銘じるべきは、何もすべきではないということだ。
そもそも、自分の意思で何かを動かそうだなんておこがましい。人はいつも、与えられた役目を果たすだけだ。
大谷翔平が高校3年生の春、ちょうどセンバツが終わった頃、球団スタッフと「大谷を使うなら、(ピッチャーかバッターか)どっちですかね?」みたいなことをよく話していた。
その結論は「どちらでも成功すると思う。でも、誰かが決めちゃいけない。それは野球の神様しか決められない」と、いつも決まってそこに落ち着いた。
ただ、ドラフト戦略を固めていく段階になると、そうとばかりも言っていられない。大谷に限らず、指名を検討しているすべての選手について、もし獲得できたらという仮定のもと、具体的な育成法、起用法を話し合う。
どうすることが、その選手にとって最良の選択なのか。彼のためになることがチームのためになる、というのがファイターズの基本的な考え方だ。
大谷翔平の場合、そのなかで二刀流という話はごく自然に出てきた。
本人が望むのであれば、両方やりながら時間をかけて本質を見極めていく。僕が素直にそう思えたのは、自分が監督だからだと思う。我慢することも含め、現場の決断はさせてもらえる立場だから。
そういったことを話し合っていく過程において、本当にすごいと思ったのは球団幹部やスカウト担当者のことだ。
ピッチャーとバッター、両方やらせてみたらどうだろうという漫画みたいな話を、獲得する前から本気で考えて、その具体的なプランをみんなで真剣に議論している。
できるかできないかではなく、彼なら絶対にできるという前提でどんどん話が進んでいる。こんな大人たちって……、最高だなって心から思った。
これが20年前だったら、もちろん二刀流なんてありえないし、まず投げ方を直されて、ファームで必死にやってるうちに、こぢんまりとまとまってしまったかもしれない。
それでも、最終的にはいいピッチャーになっただろうとは思うけど、少なくとも今とはまるで違っていたはずだ。
ということは、やっぱり二刀流は誰が差し向けたものでもない、時代のうねりがそうさせたとしか思えない。
2013年6月1日、札幌ドームでの中日ドラゴンズとの交流戦、大谷翔平が2度目の登板で待望のプロ初勝利を挙げた。
試合後、フロントの面々はいつもコーチ室の前で我々が引き上げてくるのを待っている。
あの日、そこにいたひとりと「ナイスゲーム」と握手をしたとき、「これが分かってもらえるのは50年後ですけど、必ず歴史になりますから。50年後に」と言われた。
あのひと言は一生忘れない。二刀流への挑戦が本当の意味で評価されるのは、きっとまだまだ先のことだけど、それは必ず歴史になる。それを信じて、前に進むだけだ。
人にはそれぞれ天に与えられた役目があり、使命がある。だからこそ、大谷翔平にはやるべきことがあるんだと思う。
(『監督の財産』収録「4 未徹在」より。執筆は2015年/9月3日に続く)