吹奏楽部員たちが部活に燃える日々の中で、書き綴るノートやメモ、手紙、寄せ書き……それらの「言葉」をキーにした、吹奏楽コンクールに青春をかけたリアルストーリー。ひたむきな高校生の成長を追いかける。
第13回は近畿大学附属高等学校(大阪府)#4
姉からの救いのメッセージ
11年ぶりに悲願の全日本吹奏楽コンクール出場を決めた近畿大学附属高校吹奏楽部。
主将の「ケイ」こと横井慶、コンサートマスターの「キョウタロウ」こと平田恭太郎ら55人のメンバーは、指揮者の小谷康夫先生とともに全国大会前日に埼玉県幸手市に到着し、本番に向けた練習をおこなった。
練習の途中、小谷先生がその日に開催されていた全日本吹奏楽コンクール・中学生の部で大阪市立鯰江中学校と生駒市立生駒中学校の金賞受賞を報告した。
ケイを含めて両中学校の出身者が数人いたこともあり、メンバーたちは「おぉっ!」と沸き立った。
「この流れで行こう」と小谷先生は笑顔で言った。
(そっか、頑張ってくれたんやな!)
ケイは生駒中の後輩たちの活躍に励まされた。
ところが、念願だった全国大会が目前に迫っているというのに、その日の練習でケイは絶不調に陥ってしまった。
(どうしよう。音が鳴らない……)
ケイはかつて近高の主将だった姉にスマートフォンでSOSのメッセージを送った。演奏もうまくいかなかったが、そもそもストレスと慣れない環境のせいで体調がよくなかった。
すると、すぐに返事が来た。そこに書かれていたのは、高校時代の姉が同じような状況だったときに同期の仲間からもらったというアドバイスだった。
いつもより息を「多く」じゃなくて「少し長く」吸うようにするとか!
不調でもちゃんと対策したら大丈夫だからね!
(あ、そっか!)
ケイは目の前が明るくなった気がした。
遠征先では、何もかも大阪にいるときのようにはいかない。ケイはいつも不安になると家族に相談したり愚痴を言ったり、要は甘えていた。でも、ここではそれもできない。
ただ、体調が悪いことと演奏の調子は必ずしも比例するわけではないのだ。体調が悪いなりに工夫して、それを感じさせない演奏ができるはずだ!
(いまの私にできることは、明日の本番に向けてさっさと寝て体を休めることやな!)
ケイはあれこれ考えたり、楽譜を見返したりすることをやめ、ベッドに入ってぐっすり眠った。
吹奏楽の甲子園
10月20日、全日本吹奏楽コンクール当日がやってきた。
近高の出番は後半の部の12番。つまり、全30団体の27番目だ。当日でも充分に準備できる余裕があった。
メンバーは午前中からホール練習をおこなった。
ケイは前日の姉のメッセージを思い出しながら演奏に参加したが、やはり不安があった。特に、自由曲《宇宙の音楽》の中で2回ある高音(ハイトーン)だ。トランペットのトップ奏者にとってはいちばんの聴かせどころだが、もしミスをしたら全体の演奏に傷をつけることになってしまう。
(主将なのに、大事な全国大会でミスしたら……)
ケイはそんな思いを抱えながらも、自ら不安を吹き飛ばそうとトランペットを精いっぱい鳴り響かせた。
時間が来て近高のメンバーは貸切バスに乗り、会場である栃木県の宇都宮市文化会館へやってきた。
全国大会高等学校の部は、メンバー55人の誰一人として経験したことがない。ケイを含めた数人は中学校の部で出たことがあったが、そのときは会場が名古屋国際会議場センチュリーホールだった。場所も違えば、雰囲気も違う。
全員が新参者の気持ちでホールの中へ入っていった。
エントランスも、通路も、そこかしこに独特の緊迫感が漂っていた。さすが「吹奏楽の甲子園」だ。
メンバーは楽器置き場に入り、ケースから楽器を取り出して準備をした。その空間はついたてで仕切られていたが、向こうにテレビやネットで見覚えのある衣装を着た全国大会常連校の姿がチラッと見えた。
(いよいよほんまの全国に来たんやな)
ケイは小さく身震いした。
「私、大丈夫かな。ハイトーン、外さずに当てられるかな……」...