吹奏楽部員たちが部活に燃える日々の中で、書き綴るノートやメモ、手紙、寄せ書き……それらの「言葉」をキーにした、吹奏楽コンクールに青春をかけたリアルストーリー。ひたむきな高校生の成長を追いかける。
第17回は岡山学芸館高等学校(岡山県)#4
感情を音にする
21回目の全日本吹奏楽コンクール出場を決めた岡山学芸館高校吹奏楽部だったが、全国大会1カ月前に大切なイベントがあった。年に一度の定期演奏会だ。
定期演奏会は吹奏楽部がもっとも重視する、部員全員で取り組むコンサート。しかも、向日葵チームの3年生にとっては最後のステージになる。曲数も多く、ダンスなどのパフォーマンスもある。
一方、百合チームにとっては全国大会に向け、課題曲と自由曲をいかにブラッシュアップかも気がかりだ。
部長のクミトは手にしたスケジュール帳にこう書き込んだ。
定期演奏会と全国大会。どちらも大切で、どちらも一切手を抜けない。だとしたら、いまこの瞬間に必要なのは何か、やるべきことは何かを判断し、まずそこから片付けていく必要がある。
部長はじめリーダーは、部員の誰よりも優先順位を意識しなければならなかった。
自由曲《オセロ》は技術的にはかなり仕上がっていた。だが、まだまだ上を目指せる。中川先生が合奏練習で百合に語った言葉をクミトはスケジュール帳に書き留めた。
楽譜のとおり演奏することはできている。でも、それだけではなく、自分が出したいと思う音が必要だ。
アルフレッド・リードが作曲した《オセロ》はシェイクスピアの悲劇『オセロ』に基づいている。曲中には、原作に描かれる愛や死につながる部分が登場する。その愛や死をどう表現するか。自分なりの感情でどう奏でるのか。中川先生はそれを問うていた。
(自分たちの音楽にはまだ感情が足りとらんな……)
クミト自身も先生に指摘されたことを感じていた。それだけでなく、自分自身の演奏にも大きな課題を抱えていたのだった。
全国大会直前、自分との戦い
定期演奏会は大成功に終わった。次は、いよいよ全日本吹奏楽コンクールだ。
クミトは《オセロ》ではシンバルを担当する。シンバルは曲中で出番が頻繁に来るわけではないが、打ち鳴らした瞬間にはバンドのどの音よりも目立つし、強弱の打ち分けなど実は繊細で奥深い楽器だ。
岡山学芸館は全国大会で《オセロ》の第3楽章から第5楽章を演奏する。その第3楽章の最後にクミトはシンバルを擦り合わせて音を出すことになっていた。微妙なタッチが要求されるが、クミトはなかなか思うような演奏ができず、また、やるたびに違う音になってしまっていた。
「百発百中で成功させなきゃ……!」
クミトは何度も繰り返し練習をした。そこそこいい音が出るときもあったが、百発百中とはいかなかった。全国大会はクミトたち百合チームの3年生にとっては最後の本番になる。2024年のコンクールと高校生活を締めくくる大事な演奏だ。
クミトは焦りを覚えたが、日々は無情に過ぎ、岡山学芸館が全国大会に向けた遠征に出発する日がやってきてしまった。
「このまま全国に向かうんか……」
クミトは不安を抱えたまま、岡山を出発した。
ところが、いざ関東のホールで練習を始めてみると、あれほど苦しんだ第3楽章の最後のシンバルが狙ったとおりの音で鳴るようになった。大一番を前にして、これまでの努力がようやく実ったのかもしれない。
「これで、やっと自信を持って全国大会の舞台に上がれるぞ」
クミトは胸を撫で下ろした。
一方で、百合チームの演奏全体には気がかりな点もあった。みんなの集中力が高いときと低いときで、まるで音楽が違ってしまうのだ。ちょっとでも気を抜くと、演奏の良さは8割引になる。
「自分たちには良い演奏も良くない演奏もできてしまうんじゃ。本番でどっちの演奏になるんじゃろか……」
全国大会の前夜、クミトは緊張と不安でなかなか寝付くことができなかった。...