(乃至 政彦:歴史家)
『謙信越山』以降、初のシリーズとなる歴史家・乃至政彦氏の『謙信と信長』が、シンクロナスのコンテンツパッケージ「歴史ノ部屋」のメールマガジン配信にてスタート。謙信と信長の動向を見ながら、それぞれの特徴を比較して、その最終闘争とされる「手取川合戦」の真相を迫る連載だ。
知名度の割に実態のわからない合戦に挑む理由を紹介した前回(444年経た今、上杉謙信と織田信長の「手取川合戦」を再検証)に続き、今回は特別に連載の冒頭部分を公開する。
はじめに
今回から『謙信と信長』をスタートします。
この連載は、上杉謙信と織田信長の関係を追い、両雄を比較しながら私見を披露していくもので、最終的には軍事衝突とされる天正5年(1577)の加賀手取川合戦の実相を探る予定でいます。
謙信と信長は、もともと友好的な同盟関係にありました。これは現在、「濃越同盟」と呼ばれています。謙信は越後を、信長は美濃を本拠地としていたためです。
同盟の理由のひとつとされるのは、甲斐の武田信玄です。
侵略的な信玄の存在は、周辺国に強く緊張を強いるものであり、謙信と信長が警戒して相互に監視することで有事に備えるのは、当然のことと言えるでしょう。通説では、武田対策として、結びついたとされています。
同盟を結んだのは、元亀3年(1572)11月──。
信長は、謙信が派遣した使者である長景連の眼前で「誓詞」に、「牛王血判」を押印して、年月を移さず「信玄退治」しましょうと誓いました。
この頃、信玄は信長のもう一つの同盟国である徳川家康の領土に侵攻して、活発な軍事行動を展開していました。圧倒的な戦力差で、徳川領を蹂躙しており、このままだと家康が滅亡するのは必定でした。
いきなりの本格的侵攻は、信長と家康にとって、まさに青天の霹靂、寝耳に水の出来事と言えるもので、それまで信玄に慇懃な姿勢で接し続けていた信長も、これはさすがに「侍の義理を知らない」ことだと激昂し、信玄との「義絶」を決意しました。
一方、謙信も信玄との和睦を画策していたのですが、信玄はこれを拒絶するばかりか、飛騨や越中で反上杉派を扇動する始末で、到底仲良くできそうにないと思い知らされました。
謙信はそれにしても信玄はどうしたのだろうと首を傾げる思いをしていたようです。
自ら進んで、上杉・織田・徳川を相手取り、全面戦争を開始しているのだから、謙信が疑問に思うのも無理はありません。謙信は、「これではまるで蜂の巣に手を入れるようなもので、馬鹿なことをするものだ」と呆れていました。
何にしろ、武田がここまで暴走する以上、やってしまうしかありません。
これで2人は、武田を滅ぼすしかないと思い定めたのです。
武田信玄ももはや前進する以外の選択肢はないとばかりに、北条との同盟のみを後ろ盾として、その総力を徳川制圧に差し向けます。
果たして信玄の狙いはいかに?
初回のテーマは「信玄上洛」として、連載を開始いたします。
乃至政彦さんの書き下ろし新連載『謙信と信長』がメールに届きます。『謙信越山』以来となる待望の新シリーズは毎月1日と15日配信。
武田信玄と徳川家康の確執
元亀3年(1572)、武田軍が徳川領へ大挙して押し寄せた。驚いている場合ではない。いつかこの日が来ることはわかっていた。家康は武田信玄率いる大軍を打ちはらうべく、覚悟を決めて打って出た。ここに遠江味方原(遠江三方ヶ原)合戦が勃発する。
信玄の三河侵攻は、織田信長も上杉謙信も、耳を疑うほどの一大奇襲であった。これまで信玄は、信長と友好関係にあった。信長と家康は長年の盟友である。これでは織田と徳川の両家を敵に回すことになる。それだけならまだしも、信玄は北陸の謙信とも争っている最中であった。これでは背後の関東北条家以外、どこも敵だらけとなってしまう。
それなのになぜ、信玄は家康を攻めたのだろうか。
この時、信玄は「三ヶ年の鬱憤を晴らす(※1)」と現地の武将に伝えており、自らの遠征理由を、かねてからの不満にあると公言していた。
信玄の真意を探るには、3年前から続く鬱憤とやらを見直す必要があるだろう。
3年前の永禄12年(1569)、駿河から遠江は今川氏真の領国であった。今川から独立した三河の徳川家康はこれと争い続けていた。信玄はまず氏真に「三河を切り取らせよ」と申し出たという(『甲陽軍鑑』[品第39])。もちろん氏真は丁重に断った。すると信玄は、ついでその家康に対今川戦線を張ろうではないかと、共闘を持ちかけた。途方もない領土欲である。
これが全ての始まりだった。
前回 444年経た今、上杉謙信と織田信長の「手取川合戦」を再検証
『謙信越山』の著者による歴史コンテンツ。待望の新シリーズ『謙信と信長』をメールマガジンで配信。さらに戦国時代の文献や軍記をどのように読み解いているかを紹介する音声または動画がお楽しみいただけます。
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