「歴史ノ部屋」でしか読めない、戦国にまつわるウラ話。
信長の野望シリーズ2作目となる「全国版」は、日本全土の戦国大名が大勢登場することになった。地域のプレイヤーたちが自分の国を選んで互いに国盗り、天下取りを狙い合う遊び方を提供した。今見ると単純なシステムではあるが、今日の製品では採用されないような不思議なところもある。その違和感に接近して見ると、歴史シミュレーションゲーム黎明期ならではの試行錯誤の跡を読み取ることができる。今回はこのシリーズ2作目が室町幕府将軍「足利義昭」を史実とは違う形で登場させた理由に迫る。

なぜ城単位でなく国単位にしたのか
今の我々からみると、「国ではなく、城をエリアのベースにすればこんな不正確な表現にならずにすんだのでは」と思うかもしれない。
だが、戦国時代といえばまだ「国盗り」のイメージが強かった。
1966〜67年に司馬遼太郎が書いた戦国小説(斎藤道三と織田信長が主人公。途中から明智光秀が狂言回し役になる)『国盗り物語』は、1973年に大河ドラマとなり、ネームインパクトが強かったものか、戦国時代は国を奪って天下を狙うというイメージが拡散された。
この段階ではその認識の先に進むことは難しかった(なお、司馬遼太郎は1965年に『城をとる話』という小説も書いており、『城取り』の題で映画化されたが、映画評論家・渡辺武信の『日活アクションの華麗な世界・中』[未来社、1982]に、「中途半端に終わった」「時代劇化は成功しなかった」と酷評されており、私も過去に小説と映画を確認してみたが、この評価に同意するものであった)。
戦国時代をあまりよく知らないユーザーにも、地元の「おらが国」で遊べるゲームが新鮮であったから、国をベースに勢力図を塗り替えるビジュアルの強さがとっつきやすかったわけである。
城を拠点のベースとして攻略と防衛をしていくシステムの発想が開発側にまだ生まれておらず、インターフェースの処理も難しかった。
登場する大名の不自然さ
国の単位のほかにも、時代考証が不足していたのか、それとも何かこだわりがあってそうしたのか不可解なところもある。...