「歴史を学んでいくと、目の前の出来事を根本的に解決しようとした結果、偶然か必然か生まれるイノベーションが多くて、ここに驚くんです」。
歴史家の乃至政彦氏は、上杉謙信が起こしたイノベーションをそう分析する。
歴史と経営、ビジネスそして生き方。
何がどうつながり、生かされるのか。『世界標準の経営理論』などベストセラーを刊行し、経営学の理論をわかりやすく紹介する早稲田大学の入山章栄教授とともに「歴史から得る学び」を丁寧に分解する。
第3回は、戦国時代の事象からイノベーションを生み出す術を探る(全4回)。
戦国時代のイノベーションはどう生まれたか
──経営学において「競争」はキーワードの一つになっていると思います。ベストセラーとなった入山先生の著書『世界標準の経営理論』でも、優位性、つまりその業界で勝ち続けるためには、競争が必要だという学説もご紹介されています。ややこじつけになりますが、謙信も戦(いくさ)をたくさんしているわけですが、そこに優位性やイノベーティブな側面があったのでしょうか。
入山章栄(以下、入山) そうですね。競争ももちろんですが、謙信の優位性は「学習」にあったと思います。
謙信が武田信玄を川中島の戦いで攻撃する時の戦術って、村上義清から学んだものですよね。
イノベーションって「学習」からしか起こらないので、学習し続けることがものすごく重要です。講演をする時はいつも「いい経営者は学習し続けているんです」と話しています。
以前、ヒストリーチャンネルで東大の本郷和人先生と「合戦前夜」という歴史番組をやっていました。
その時に「信長スティーブ・ジョブズ論」と題して、素人ながら、信長は色々なところから情報を吸収して試していた人物なのだと理解し、解説させてもらいました。
信長と同じように謙信も戦(いくさ)をする中で学習していく部分があったんじゃないでしょうか。そして、学んだらそれをやり抜く。これは現代のビジネスに通ずるものがあると思います。
乃至政彦(以下、乃至) おっしゃっていただいた川中島の戦いの中で、謙信のイノベーションについてのおもしろい話があります。
まず、謙信のライバルである武田信玄は、全国に軍隊の制度がないことに気づいて、日本でお手本になる軍法・軍制を築けば、日本の軍制も変わると考えていました。
一方で謙信は、武田が普遍的な軍制を作ろうとしているなら、自分たちも作る必要があると考えていた。そこに逃げ込んできた村上義清が、「こういうやり方で信玄をやりこめた」と話をした。それを聞いた謙信が、自分たちでもできるように汎用性を持たせ、新しい軍制を作ったんです。
ここからが非常におもしろくて、日本の軍隊の制度のほとんどがこの上杉謙信のものになってしまうんです。例えば、豊臣秀吉の朝鮮出兵の時も同じ戦い方で、ものすごい戦果を上げています。
加えて、その戦い方に朝鮮の知識人がびっくりして、「日本と同じ軍制をやらなければいけない」と語ったことが記録に書かれている。村上義清のアイデアがイノベーションのきっかけとなって、海外の軍制までを変えているんです。
乃至政彦さんの書き下ろし新連載『謙信と信長』がメールに届きます。『謙信越山』以来となる待望の新シリーズは毎月1日と15日配信。
入山 へえ! 海外にまで影響したんですか。村上義清や謙信はどうしてイノベーションを起こせたとお考えですか。
乃至 決してイノベーションを起こそうという明確な動機があったわけじゃなく、目の前の「具体的な勝利を得るための行動」が、いつの間にか広がっていったんだと考えています。
歴史を学んでいくと、目の前の出来事を根本的に解決しようとした結果、偶然か必然か生まれるイノベーションが多くて、ここに驚くんですよね。
相対化して見える、現代日本の弱さ
入山 経営学でもよく言われているのですが、イノベーションって「意外なところからくる」ものなんです。本流からイノベーションは起こらなくて、大体は傍流からやってくる。イノベーションを起こしたい分野のど真ん中からは、ほとんど起こらないわけですね。
ですから、今の村上義清のイノベーションが朝鮮まで影響している話は本当におもしろいと思います。
ちなみに信長にも「改革」の印象がありますが、信長は何がイノベーティブだったのでしょうか。軍制以外の部分だったのでしょうか。
乃至 あれほどの資産を一手に握った人物はそれまでほとんどいなかったので、その運用ではないでしょうか。しかも敵の裏をかきながらですから。それについて全身全霊で考えた人物だったと思います。
信長もそうですが、歴史のおもしろいところを探ろうとする時、作られた仕組みを紐解くよりも人間を紐解くほうが本質が見えてくるのかもしれませんね。
──こう振り返ると、なぜ日本がイノベーションを生み出せなくなってしまったのかが気になります。
入山 難しいですけど、僕が理由としてよく話すのは「日本は現場が強くて経営が弱い」こと。(新型コロナウイルスの)ワクチンも似ていますよね。現場は頑張っているけど、トップの意思決定が適切じゃない。
確かに孫正義さんや柳井正さんのように素晴らしい意思決定者もいるんですけど、その数が絶対的に足りない。日本は、大局を見て、大きなリスクをとって意思決定できる人が少ないと思います。
乃至 すごく分かる気がしますね。
入山 その理由についても、明確だと考えていることが一つあります。特に一部上場企業になると、社長の任期が短いことです。経営で勝負をかける時、イノベーションを起こす時って10年単位になるので、3年くらいではどうしようもないわけですね。
任期が3年の社長だとすると「自分の任期を無難に終わらせたい」と考えることは無理からぬ一面があります。ただ、それは徐々にチャレンジをしなくなるということも意味します。それが経営における日本の課題、ひいてはイノベーションが起きない理由の一つかなと思います。
──乃至先生、その点で昔の戦国武将は、むしろ血筋を長く伸ばさないといけませんから、イノベーションが起きるし、知の探索を続けていたと考えられる、とも言えますか。
乃至 そうですね。戦国時代はトップにいる人でも現場に行くわけですし、改革をしないと生き残れません。逆に、江戸になるとそういうことはなくなり、文化・技術が大きく発展していくわけです。
(第4回に続く)
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