「歴史ノ部屋」でしか読めない、戦国にまつわるウラ話。今回は豊臣秀吉について。

 近ごろ豊臣秀吉には、ダークで独裁的なイメージが定着しつつある。20世紀までは陽気な人たらしイメージが定着していたが、光だけでなく闇もあるということに目が向けられるようになったのは、ひとつの進歩であり、大いに受け入れたいと思う。


 だがそこに、過去への反省や反動から、いわゆる逆張りの人物像を再構築していないかという不安がないでもない。今回は、ひとつの書状からその人物像を少し見直してみよう。

豊国神社の豊臣秀吉像 写真=shima_kyohey/イメージマート

独裁的だった豊臣政権への評価

 豊臣秀吉時代の政権が、専制的だったのは間違いない。高圧的で独裁的である。

 我々の時代に独裁者は求められていない。近現代にそういう為政者がいてくれてよかったと思うような例もあまりない。

 そのためだろうか。秀吉の政権を否定的に見る歴史愛好家が少なくない。

 根拠となる史料が提示されることもあるが、それは本当に我々が想像しやすい独裁者のイメージを延長するものとする先入観で見ていると、本質を誤ってしまうように思う。

 今回は、ひとつの有名な史料の内容を簡単に見直し、一般的な解釈の妥当性を問い直してみることにしよう。

本当に極悪な独裁者?

 まず、ウォーミングアップとして、秀吉政権が、戦国時代の大名と比べて、特別極悪だったようなところがあるのか、その概観から見直してみよう。...