他人の趣味は無価値に見えることが多い。歴史趣味も「歴史に何の価値があるのか? そろそろ卒業したら」と言われることがあるだろう。だが、歴史には重要な価値がある。今回は歴史を愛することの意義を伝えたい。

歴史の価値

 令和6年(2024)12月21〜22日、パシフィコ横浜で「お城EXPO2024」のブースを歩き回りながら、ふと思ったことがある。

 大盛況でたくさんの人たちがいる。中には家族で連れられて仕方なく歩いていたのか、「お城って何が面白いの」と伴侶に尋ねている方もおられた。ここにいる圧倒的多数はお城好きであるのに、なかなか大胆なことをいうと思った。

 ただ、冷静に考えてみよう。誰しもそうだろうが、他人の趣味は無価値に見える。

 他人に「夢中になる理由がわからない、非生産的だからやめてしまったら?」という人は少なくない。それで無趣味な自分を誇ったり、あるいは自分の趣味は別として夢中になって語り出すというのも定番だ。

 ところで歴史愛好家の多くは「昔のことを学ぶ価値がある?」と聞かれたことがあるだろう。

 娯楽の趣味を批判しているだけなら、そこで「他人の趣味に口を出すのがおかしい」と返せるが、歴史の場合、「そこに国益や経済効果につながる何かがあるのか。お金と労力をそんなところに回すのはもったいない」もいう非難が含まれていることもある。

 そういう意味で問われているなら、私はこう答えるのがいいのではないかと思う。

「歴史は無価値ではない。すべての国境は、歴史が決めている」

お城EXPO2024にて(著者撮影)

国境は歴史が決める

 今さら言うまでもないはずのことであるが、歴史は、民族、国家の根幹である。...